駅向こうの商店街に、お世辞にも繁盛しているとは言いがたい、小さな陶器屋さんがあります。表の看板は色あせ、棚に並んだ商品にもほこりがかぶり、店主である老夫婦に話を聞くかぎりでは、どうやら跡継ぎはいなさそう。
取り扱う産地や窯場、また作り手である陶工に、とくにこだわりがあるわけでもなく、店の一角で目を惹く企画展が開かれるでもない。遠くない将来、その歴史に幕が下ろされるのは間違いないのですが、それが来月なのか、はたまた十年後なのか、ふしぎと見定めることができない。
ひやかし半分で、はじめて訪れたその日、なんだか妙な存在感を放っている、ガラスケースが目につきました。おそらく過度な乾燥を防ぐためでしょう。高さ二メートルほどもあるそのケースの中には、ひと目で丁寧な仕事ぶりが見て取れる、漆(うるし)塗りのお盆や器、大小様々な曲げわっぱなどが、ゆるりとくつろぐようにして並べ置かれています。
筆文字による手書きの値札を見るかぎり、清水の舞台から身をおどらせずにすみそうで、そこでふと、自宅にある10年選手の、汁物用の器が思い浮かんだのでした。
残りの余生を、何か別の道に、あるいは、そろそろ土に還してもバチは当たらないだろうと思い始めたところに出会ったのが、下記の器でした。
すでにうっすらと、下塗りの黒漆の影が透けて見え、本来の朱を、鈍くくすませています。厚けずりで、どっしりとした重みがあり、木目などの主張がない分、下手なごまかしが利かない。決して派手さはないですが、実際に手に取ってみると、指の腹にぴたりと吸いつき、すっと身体の一部としてなじんでしまう。
よく見ると、器の底に、本来の朱の色味をはらんだ、値札シールの跡がついています。
さりげなくこすってみましたが、薄れる気配はまったくありません。